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私の幼少期 ~両親の教え~
(お名前の五十音順です)
※プロフィール等は取材時点のものですので
ご了承ください。
ニフティ株式会社 代表取締役社長 和田一也さん プロフィール ただ「行ってこい」の一言だけ。両親には感受性を育む機会を与えてもらいました。
お父さんに教わったこと 親から離し自然に触れさせ、「生きる」ために必要なことを学ばせる

父は芸術肌な人で、文字のデザイナーとして三省堂に勤めていました。休みの日には自分が行きたい場所へ家族を連れ出し、父とはいつも一緒にいたという印象です。私にとっては友達みたいな父でしたが、私が悪いことをした時には徹底的に怒り、ぶん殴られたこともありました。私は本当にいたずら好きな子どもで、怒られることはわかっているんですが、それでも止められず、父と母によく怒られました。
父はそんな私を夏休みの1ヶ月間、YMCAという団体のキャンプに参加させました。そこに来ている子どもたちは、もちろんスタッフの管理下の元ではありますが、ボートを子どもだけで漕いだり、子どもだけで薪を割って火を起こして飯盒炊さんをしたり、様々なことを自然の中で行い、すべてが時間厳守、自分のことは自分で行うなど集団のルールを徹底的に憶えさせられました。
泳ぎもそこで教わりました。泳ぎを知らなければいざという時に溺れるかもしれない。キャンプでも3.5キロほど遠泳しました。泳ぎもそうですが、「親から離れること」「集団行動」「ご飯の作り方」「自己管理」など、私はここで、まさに「生きていくために必要なこと」を学びました。1ヶ月間も子どもをキャンプに行かせるなんて、きっと莫大にお金がかかったことでしょう。しかし、子どもの安全を確保するためには多少お金がかかっても構わない、おそらく父はそう思っていたんだろうと思います。

和田一也さん
お父さんに教わったこと 知識よりもただ、感じさせる その機会を与える
和田一也さん

前述のキャンプでも、父はただ 「遊んでこい」と言うだけでした。また、父はよく私に「行ってこい」 とコンサートのチケットや展覧会のチケットをくれました。今にしてみればそのコンサートは大変著名な方のコンサートだったりしたものですが、父は私にコンサートの解説は一切しませんでした。一緒について来てもくれませんでした。情報を先に与えず、音楽は自分の耳で聴き、絵は自らの目で見るものだと、知識よりも感受性を育む機会を私に与えたのです。
また、叔母にチケットをもらいピカソの展覧会に行きました。その展覧会が鮮烈で、ピカソの絵で『泣く女』という作品があるのですが、私はそれを見て(人間ってこんなに悲しそうに泣くものなのか!)と感じ入りました。また、別の絵から(地中海の海はこんなにも青いのか!)と感動したものです。叔母も「ピカソはこういう人だよ」と事前情報はくれず、「これは千載一遇のチャンスだよ。ピカソの絵がこんなに大量に見られることはもう無いかもしれない。だから行って来なさい」と言うだけでした。
幼児期は先入観無しに「感じることができる」時期です。悲しい時には悲しいと感じ、夕日を見てキレイだと感じて涙を流す。そういう感性を身につけられる時期です。それは幼児期を過ぎてしまえば絶対に身に付かない。父には厳格な教育方針は無かったように思います。ただ、子ども自身に感じさせるということを、「今やらせたほうがいい」そう本気で思い、実行してくれた。大変有り難いと感じています。

お母さんに教わったこと 家の手伝いはきちんとさせる やるべきことは徹底して行わせる
和田一也さん

母は父が起業するまでは専業主婦でした。よくしゃべる人で人付き合いが良く、また読書を好み、社会常識や文学に精通した人でした。
抱っこはよくしてくれたと思います。不思議なもので、子どもは母親の鼓動を感じるだけで不安が払拭されてしまう。それは男親では決して踏み込むことができない領域なのだと思います。
母はさばさばした性格の人でしたので、私の友達が悪いことをした時も我が子を叱るように真剣に友達を叱っていましたね。そういう想いは伝わるもので、今でもその時の友達が母を慕って母に会いにやってきますよ。
実は私には双子の弟がおり、やんちゃな男の子2人を育て上げた母には今でも頭があがりません。我が家では犬も飼っていました。当時の犬は夜放し飼いで、朝になると何か問題を起こして帰ってくる。子どもがもめ事を起こすか犬がもめ事を起こすかが日常で、家には常に菓子折が用意されていましたよ。
母には掃除、洗濯を徹底的にやらされました。豆腐のおからで畳を磨き、磨き方が悪ければ叱られ、洗濯物のたたみ方が悪ければまた叱られました。掃除洗濯を片付けないと食事にありつけないわけですからやるしかありません。そのおかげで大人になってから単身赴任をした時も、一切生活には困りませんでしたね。
小学校時代、テストで百点を取れば「百点卵」というものがもらえました。瀬戸物の器に油をひいて卵を火にかけた、いわば卵焼きです。当時は卵が大変貴重でご馳走でしたから、食べたくて食べたくて、がんばって百点を取ったものです。思えば、勉強ができるかできないかは、頭の良し悪しではなく、勉強をやるべき時に集中して行うことができるかできないか、かもしれません。


両親に教わったこと 子どもの「器」を育てるにはどうしたらいいのかを本気で考える

私が大学生になると、両親は私を大人扱いするようになりました。プライベートも一切干渉されませんでした。「これまできちんと教育したんだから放っておけ」という具合でしたね。
私の両親は幼児期にその子の「器」をつくるということに非常に熱心だったと思います。知識よりも感受性を育てる。この子の器はどうやったら大きくなるんだろう。感じさせるにはどうしたらいいのだろう。大らかな性格になるのはどうしたらいいのだろう。この子の志気をあげるにはどうしたらいいのだろう。それを本気で考えてくれました。
感受性が豊かであるということは、神経質という意味に捉えられがちですが、そうではありません。ものをきちんと感じることができる能力、人が悲しみ、喜ぶことがわかる。この人は何故困っているのかということを考え、憶測することができる能力です。感受性がなければ相手に伝わるような言葉も上手く操ることはできずコミュニケーションが図れない。また、何かを成そうとする時に自らを奮い立たせるには、周囲からの働きかけではなく、その人が持つ感受性に依るところが大きい。そして志気があがらなければ物事は上手くはいきません。感受性はすべての能力のベースになると思いますね。


和田一也さん
子育て中のパパママにメッセージをお願いします。 子育てに神経質にならず、過保護にならず。時には親元から離し、自然に触れさせてください。

神経質にならなくても子どもは育ちます。神経質に育てることで、子どもの性格までもが神経質になっていくのです。保護すべきところとそうではないところの見極めは必要ですが、親が保護をしたことで感受性が削がれるとしたら、それは親の自己満足です。子どもが転ぶ前に抱きかかえてしまっては、その子どもは「転んだら怪我をする」ということを学ぶことはできません。子どもの自ら育つチカラを信じて、親から離す機会も与えてみてください。子どもはきっと様々なことを自ら感じ取り、何かを得ていくでしょう。そして、思い切って自然の中に入れてあげてください。日が当たって星が出ている、そういうところで生きているんだということを感じさせてください。子ども時代には好きなことをとことんやらせ、生きる力と感受性を養わせてあげていただきたいと思います。

ニフティ株式会社 代表取締役社長
和田 一也

2008年10月掲載

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