【特集】福澤達哉選手からの高校生へのメッセージ | 日本の学校

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アスリートからの熱いメッセージ

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福澤 達哉選手 プロフィール

福澤 達哉選手

バレーボール選手(パナソニック パンサーズ所属)
全日本代表

PROFILE

1986年7月1日生まれ。京都府京都市出身。小学4年生からバレーボールを始め、中学時代には京都選抜にも選ばれた。洛南高校時代はインターハイ優勝、ジュニア選抜を経験し中央大学法学部法律学科に進学。大学1年の2005年、始めて日本代表に選出されワールドリーグで代表デビュー。2008年には現在同チームの清水邦広選手と共に最年少で北京オリンピック出場を果たす。大学卒業後はパナソニック パンサーズに入団、2009年の黒鷲旗大会で若鷲賞とベスト6を獲得した。またアジア選手権では優勝、最優秀選手賞を受賞。ワールドグランドチャンピオンズカップでは、全日本男子32年ぶりの銅メダルを獲得し、ベストスパイカー賞も受賞した。

福澤 達哉選手の学生時代は・・・

バレーにおいて、兄が一番のライバルだった

福澤 達哉選手写真
 子供の頃は水泳をやっていましたが、2歳上の兄が小学4年生からバレーボールをやっていたので、僕も4年生から同じスポーツ教室でバレーボールを始めたのがきっかけです。もともと体を動かすことが好きな子どもだったので、小学校を卒業するまでは水泳とバレーボールの両方をやっていました。中学校の部活動でも迷ったのですが、結局、兄のいるバレーボール部に入部していました(笑)。だから僕のバレー人生にはいつも兄が前を歩いていた感じですね。その兄が中学3年生でJOC(ジュニアオリンピック・カップ)の京都選抜に選ばれ、『すごいな』と思ったのと同時に『僕も選抜に選ばれたい』という気持ちが出てきました。年も近かったこともあり、いつも兄の背中を追いかけていたし、僕にとって一番のライバルでもあったので兄の影響は大きかったと思います。そしてもう一人、僕のバレー人生に大きな影響を与えてくれたのが中学時代のコーチでした。
 中学校のOBで、やはり元JOCの京都選抜選手でもあり実績のある方でした。練習はとにかく厳しく、夏休みなんか朝起きて『今日も練習だ』と思うとちょっと憂鬱でしたね(笑)。でも今思えば、中学時代という一番基礎を作らなくてはいけない時期に、しっかりと基本を教わり体作りができるように指導してくださったのだと実感できます。結果、僕も兄のように京都選抜に選ばれ、今のキャリアにつながっていくスタートになったと思います。なので、あの時に素晴らしい指導者に出会わなければ、基礎的な練習をしていなければ今の自分はなかったと思うし、もちろんこの道にも進んでいなかったでしょうね。
 また洛南高校時代は、監督が選手の自主性を伸ばし、選手自身の考える力を育ててくださった指導だったと思っています。でも中学生で基礎をしっかりと叩き込まれていたので、高校では『どうすればうまくなれるのか、勝てるのか』を考えて、応用できるバレーができました。それが僕にとってすごく合っていたと思うし、新しい転機にもなったと思います。

大学からVリーグへ、そして日本代表メンバーに

自分自身がキャリアアップするためのチャンスをもらった

福澤 達哉選手写真
 中学時代のバレーボール部ではそれほど実績も無かったし、全国大会にも京都選抜で始めて経験できた選手だったので、とにかく春の高校バレー、そしてインターハイに出場することが最初の目標でした。そしてチームで優勝すること、高校生としてバレーに打ち込んで結果を残したい思いが強かったので、卒業後の進路までは、まだあまり考えていませんでした。でも高校時代にインターハイに優勝できたことや高校選抜に選んでいただいたこと、ジュニアで国際試合を経験できたことで、バレーにおいて自分自身がキャリアアップするチャンスをいただいたと思っています。そこで、もう一つ上のレベルにいきたいという気持ちも持ちましたし、初めてナショナルチームというものを意識したのもこの頃でした。大学進学や卒業後にどのような道を選ぶかが少しずつ自分の中で形になっていった気がします。
 高校卒業時にいくつか声をかけていただき、バレーボールはもちろんですが大学そのものにも惹かれたので、指定校推薦で中央大学に進学しました。そして1年生の時に全日本代表に選んでいただき、始めてシニアの合宿にも参加し、日本のトップクラスの中に入れていただいたことによって、今の自分の現状も考えながら世界を目指せる位置にいるという思いは、僕にとって大きなモチベーションになりましたね。更なる上を目指したいという思いが強くなり、バレーボールの比重が大きくなっていきました。
 そして4年生の時、日本代表チームは北京オリンピック最終予選で勝ち、オリンピックの切符を手にすることができました。最終予選で荻野選手が決めた最後の1点には、チームやそれまでに関わってきた全ての人達の気持ちがこもっていたと今でも実感しています。翌年、正式にパナソニック パンサーズに入団しましたが、このチームは選手それぞれの個性も強く、努力する意識も高い。ひとつにまとまった時の爆発力の凄さがチームの魅力ですね。

福澤 達哉選手からのワンポイントアドバイス

地味な基礎練習こそが、バレー上達の土台になる

福澤 達哉選手写真
 中学から高校時代の練習は、とにかく基礎をしっかりと身につけて、体作りにも力を入れていたと思います。特に一番体ができる時期なので、正しい基本を体に覚えさせておくことが大事だと思います。その上で技術を付けていく次のステップの練習が有効的になります。
僕が中学時代にやっていた基礎練習は
(1)パス・・・バレーボールの基本的な技術です。アンダーパス、オーバーパスなど、安定したパスができることがゲームでは重要です。また、ワンマン、ツーマン、スリーマンといって、とにかくボールを落とさずにパスでまわす練習をやっていました。キツい練習ですが、ボールを落とさないことはバレーの基本ですから。
(2)スパイク・・・ここで大事なことはスパイクのフォームをしっかりと固めて身につけることだと思います。正しいフォームで打ち込むことでボールのスピードや威力、角度などを大きく左右することになります。その正しいフォームを身につけるには、とにかく反復練習あるのみです。
(3)走り込み・・・やはり走ることは体力を身につけ、下半身を鍛える一番の練習だと思います。ただ走るだけでなく、ダッシュで走るなど、目標を持って走ることが有効的だと思います。

他にもジャンプ力を鍛える練習などもよくやっていました。また高校時代によくやっていたことと言えば、人のプレーを真似することでした。とにかく上手いと思える選手のプレーを自分でもやってみたりしていました。人のプレーを目で見てイメージして、実際に動いてみる事は大事な練習だと思います。その中から自分に生かせる技術を取り入れていくこと。そして、それらを繋いで自分の物にする。これが僕の今も実践している練習法です。またバレーボールは、皆さんも体育の授業で必ず経験していると思いますが、簡単なようですごく難しい、形になりにくい競技です。そのうえ、一人ではできないスポーツでもありコミュニケーション力も必要です。そういったチームスポーツの難しさや奥深さ、それがバレーボールの面白さだと僕は思っています。

福澤 達哉選手からみんなへメッセージ

向上心こそが、夢に近づく一番の方法

福澤 達哉選手写真
 僕も年齢的に考えると、今こそが自身のバレーボール人生の集大成を形にする時だと感じています。その中で今、一番の目標は何といってもリオデジャネイロ・オリンピック出場です。前回のロンドン・オリンピックを逃した借りを絶対に返したい。そこに全てをかけるためにも、毎日悩みながら努力しています。僕はどちらかというと、何をするにも疑問や興味を持って、自分なりに考えながら挑戦していくのが好きなタイプです。それはスポーツに限らず同じですね。やはり興味が無いとモチベーションも持てませんし、継続も難しいと思うんです。そして興味を持ったら、どうすれば上手くなるのかを考えて努力する。この向上心が夢に近づく一番の方法ではないでしょうか。
 現代は情報も多く、選択肢もたくさんある時代です。だからこそ、常にアンテナを張って、気になることは納得がいくまで調べてみるのも楽しいと思いますよ。まず興味を持ってチャレンジすることです。そこから新しい選択肢や可能性がきっと生まれてくるはずです。

※プロフィール等は2015年5月時点のものです。

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株式会社JSコーポレーション 代表取締役社長 米田英一