【特集】無良崇人選手からの高校生へのメッセージ | 日本の学校

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アスリートからの熱いメッセージ

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無良 崇人選手 プロフィール

無良 崇人選手

フィギュアスケート選手(洋菓子のヒロタ所属)

PROFILE

1991年2月11日生まれ。千葉県松戸市出身。駒場学園高校から倉敷翠松高校を経て中京大学に入学。父の無良隆志氏も元フィギュアスケート選手で、本人も1994年からスケートを始めた。2002年、2003年の全日本ノービス選手権Aクラスを連覇するなど小学生時代から才能を開花させた。またISUジュニアグランプリでも表彰台に上り、2007-2008シーズンには全日本ジュニア選手権で初優勝。翌シーズンからはシニアクラスに移行し、フィンランディア杯では初出場初優勝を飾った。同年の全日本選手権でも初の表彰台に上り、世界選手権出場を果たす。その後も2011-2012シーズンの全日本選手権、四大陸選手権では入賞を果たし、2012-2013シーズンにはエリック・ボンパール杯でGPシリーズ初優勝、全日本選手権3位となり世界選手権にも出場、8位に入賞した。そして2013-2014シーズンには四大陸選手権で初優勝を飾り、続くチャレンジカップでも総合優勝を達成した。翌シーズンもスケートカナダで優勝。GPシリーズ2勝目を挙げ、全日本選手権、世界選手権にも出場した。

無良 崇人選手の学生時代は・・・

コーチだった父には、家の中でもどこか緊張してた

無良 崇人選手写真
 僕は父・母共にスケートのコーチという環境で育ったので、スケートを始めたのもごく自然な感じでした。初めて両親がコーチをしていたリンクに遊びに連れて行ってもらったのが2歳くらいだったと思います。そして2歳4ヶ月からスケート靴を履いていましたから(笑)。多分僕にとっては、両親と一緒にいられることが楽しかったんだと思います。小学校に入った頃から大会にも出してもらえるようになり、自分が練習したことが発表できることがうれしかったですね。また10歳になるとノービスの大会などにも出場できるようになり、いつもスケートと一緒に成長してきた気がします。中学や高校に入っても、授業の他はほとんどリンクです(笑)。だから学校の友達と遊んだりする時間はほとんど無かったけれど、いつもスケート仲間や父の周りのコーチの皆さん達と一緒だったので、自分だけが他の高校生と違うんじゃないかという違和感も味わうこと無く、学生時代を過ごしていたんだと思います(笑)。特に当時から女子に比べて男子は少なかったので、いろんな大会に出場できるチャンスもあって、大会に出場できることもいいモチベーションになっていたと思います。そしてジュニアグランプリや、全日本ジュニア選手権での表彰台は、シニアへの大きなステップにもなりました。
 また僕の場合は、元フィギュア選手だった父がコーチという恵まれた環境が大きかったですね。コーチとしては厳しかったので、リンクではもちろん家に帰っても何だか緊張してしまうようなところもあって、世間の家族とはちょっと違った親子の雰囲気だったかも知れませんが(笑)。そんなコーチを父として意識できるようになったのは、大学に入った頃からです。怪我で悩んだりした時には、やはり父の存在が支えになっていたと思います。

日本のトップスケーターとして世界のリンクへ・・・

スケートの素晴らしさを思い出させてくれた、高橋選手の演技

無良 崇人選手写真
 今でこそ日本人男子のフィギュアスケーターは本当に多くなりましたが、僕が子どもの頃はまだまだ少なかったし、競技会をリアルタイムでテレビ観戦できるなんてなかなか無かったですね(笑)。当時はオリンピックや世界選手権がやっと放送されるくらいでしたから。そんな中で目が離せなかったのは、やはりロシアの選手でした。中でもアレクセイ・ヤグディンやエフゲニー・プルシェンコの演技には憧れていました。演技・技術の素晴らしさはもちろん、二人の激しいバトルも見逃せませんでした。僕がスケートにおいていろんな意味で影響を受けた人物といえば、このロシアの2人の選手と本田武史さんですね。僕にとっては日本人男子スケーターのパイオニアでもありコーチでもあり、また現在はスケートショーなどでもご一緒させていただくこともあります。
 でも僕のスケート人生において、一番のキーマンは高橋大輔選手でした。バンクーバーオリンピック開催の2009-2010シーズンは怪我で一番辛かった時期でした。GPシリーズも欠場しなくてはならなかったし、気持ちも競技から離れかけていたと思います。そんな時にバンクーバーオリンピックの高橋大輔選手の演技を見たんです。SPそしてフリーとも素晴らしい演技ですごく感動しました。高橋選手の演技を見て、もう一度あんなスケートがしたいと思った。あのバンクーバーでの演技を見ていなかったら僕はスケートを辞めていただろうし、その後の世界選手権出場やGPシリーズでの優勝、四大陸選手権での優勝もなかったはずです。
 そして今や日本のスケート界は、ロシアやアメリカにも肩を並べるほどの高レベルを誇っています。だから世界選手権やGPシリーズより、一番緊張するのが全日本選手権なんです。誰が1位になってもおかしくない実力を持っているし、それだけにトップクラスに入れる難しさは常に感じています。世界の舞台に出るためには、この全日本選手権が大きなハードルです。特に男子フィギュアにおいては4回転ジャンプを無くしては語れません。世界で戦うためにも必要だと思うし、そこにジャンプの正確さや演技の構成・インパクトなど、突出したものが選手には求められます。そして僕が目指すスケートは、加えていかに自分らしさを表現するか。中性の雰囲気が多い中で、男らしさや力強さで自分にしかできない演技をしたいですね。

無良 崇人選手からのワンポイントアドバイス

基本ができてこそ、技術や表現力を発揮することができる

無良 崇人選手写真
 フィギュアスケートの素晴らしさは、やはり技術と芸術が合わさった演技にあります。ジャンプやスピン、ステップなどを構成して1つの作品を作るのですが、そのために選手達は毎日地道な練習を積み重ねてきています。僕も子どもの頃から1日のほとんどをリンクで過ごしてきました。朝は6時からリンクで練習をして学校に行き、授業が終わるとまた夕方からリンクで練習という毎日でした。ここでは僕が大事にしてきた練習のポイントをお話しします。
(1)リンクでは・・・氷の上を滑るという基礎的なことを正確にできる事が大事です。姿勢やエッジの使い方など基礎をしっかりと身に付けるためには、やはり氷に馴染むことが一番です。正確に、滑る・回る・ジャンプするが出来て初めて高難度の技が可能になるのですから。
(2)バレエ・ダンス・・・フィギュアスケートには欠かせない練習です。しなやかでいて力強い体の動きや、手先や足先に至までの細かな表現力はダンスやバレエで身につけることができます。
(3)陸上練習・・・陸上といっても氷の上と陸上では使う筋肉が違うので、走ることがメインではなく、ジャンプするときの体の動きを身につけるようにしていました。特に回転への体の入り方、角度や方向、高さなどをまずは体で体感しながら身につけることです。
(4)体幹を鍛える・・・浅田真央選手や羽生結弦選手など、体型が細くても力強い滑りやジャンプが出来るのは、体幹の強さがあるからです。昔は体の外の筋肉を鍛えることが普通でしたが、今は体の中の筋肉を鍛え体幹を強くすることで、豊富な技術と表現方法を身につけることが有効的だと思います。体幹はダンスやバレエ、陸上でも意識しながら練習するようにしていました。

他にも練習に入る前のウォーミングアップや練習後のアフターケアは、怪我の防止にも繋がる重要なポイントですので大事にしてください。特に中学・高校時代は体型も変化する時期です。自分の体の状態をよく把握し、ケアしながら筋肉を補うようにトレーニングしてください。

無良 崇人選手からみんなへメッセージ

今の自分を作ってくれたのは、フィギュアスケートです

無良 崇人選手写真
 昨シーズンは以前から滑りたかった曲「オペラ座の怪人」で演技することができました。この曲の好きなところは、曲のインパクトやメリハリもあり、演技者としては表現してみたくなる魅力があります。フィギュアスケートは技術や芸術性を競うもので、もちろん順位が付けられるのでプログラムの構成は大事です。でも僕はそこに、自分のキャラクターを持って、観客の皆さんが「見たい!」と思っていただけるような記憶に残る演技が出来る選手になりたいです。そして目標は2018年の平昌オリンピックですが、そのリンクに立つためには、まずはGPシリーズですね。今年はアメリカ大会とNHK杯に出場します。そしてその後の日本選手権と、ひとつずつ積み重ねて、オリンピックにつなげられたらと思っています。
 僕は2歳からスケートをしてきて、厳しいことも楽しいこともありましたが、今現在の自分自身を構築できたのはスポーツをやってきたからだと感じています。スケートの技術だけではなく人間関係や上下関係、そして社会性も含めて自分という人格を形成できたのだと思います。自分らしさを表現できる手段を見つけ、努力することによって成長し、人格を形成することにも繋がるのではないでしょうか。これからも、皆さんの記憶に残るスケーターを目指して頑張ります。

※プロフィール等は2015年8月時点のものです。

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株式会社JSコーポレーション 代表取締役社長 米田英一