【特集】三浦大輔選手からの高校生へのメッセージ | 日本の学校

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アスリートからの熱いメッセージ

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三浦 大輔選手

三浦 大輔選手

プロ野球選手(横浜ベイスターズ・投手)

PROFILE

1973年12月25日生まれ。奈良県出身。野球好きの父親の影響で小学校3年生から少年野球チームに、中学校ではシニアリーグに所属。そして高田商業高校に入学後、甲子園を目指すが、3年生の夏の県大会の決勝戦で敗れ、惜しくも甲子園出場を逃す。しかし、その活躍がスカウトの目にとまり1991年ドラフト6位で大洋(現・横浜ベイスターズ)に入団。1年目に一軍登板をはたし、その後先発ローテーションに加わり1998年には12勝をあげチームのエースとして38年ぶりの日本一にも貢献した。その後もチームの主戦力として活躍し、2004年アテネオリンピックでは日本代表として銅メダルも獲得。2005年はプロ入り初のタイトル(最優秀防御率、最多奪三振)を獲得、そして昨シーズンはプロ入り通算100勝、1,500奪三振達成と2年連続200イニング投球達成するなど、益々活躍が期待される。まさにベイスターズ・ファンが頼れる「ハマの番長」だ。

三浦 大輔選手の学生時代は・・・

果せなかった甲子園出場だけど、一番の思い出

三浦 大輔選手写真
野球を始めたのはと聞かれると、物心ついたときから、もうボールを持って親父とキャッチボールはしていましたね。大の野球ファンだった父の影響で、小さい頃からいつも身近に野球があったという感じでしたが、小学校3年の時に少年野球チームに入ったのが本当の意味での始まりでしょうね。そして中学校に入ってからはシニアリーグのチームに入っていました。学校で野球部に入ったのは、高田商業高校に進学してからですね。でも高田商業高校はそんなに野球の強い高校ではなかったんですよ。実際に僕が高校3年の時に県大会の決勝に進んだのも20数年ぶりでしたから(笑)。やはり高校時代は、みんなそうだと思いますが、僕らも甲子園出場を目標に必死で頑張っていましたね。
ただ、真面目な高校生ではなかったので1年の時に1ヶ月の謹慎処分になったことがありました。学校も、もちろん練習にも出られなくて、あのときは正直キツかったですね。野球部の監督にも「信頼は一瞬にして壊れるんだ」と言われたことを覚えています。自分が悪いのはわかっていましたが、信頼をなくすという辛さを初めて知りました。なくした物の大きさ、大事さを感じました。でも負け惜しみではなく、この時得たものは大きかったと思います。その後、甲子園やプロを目指す原動力のひとつになったことも事実です。だから高校最後の夏の大会(県大会)、決勝戦で負けたときは悔しかったですね。すぐそこまで甲子園の夢が見えていましたから。あの試合は一生忘れられない高校時代の一番の思い出でしょうね。

方法なんてわからない、ただ思い続けたプロへの夢

三浦 大輔選手写真
子どもの頃から漠然と「プロ野球の選手になりたい!」とは思っていましたが、その気持ちをハッキリと口にしたのは高校2年の進路相談の時でした。先生に進路の希望を聞かれた時「プロに行きたい!」と言っていました。そのためには何をすればいいのか方法なんて全然わからなかったけど、ただ「プロに行きたい」と言い続けていましたから、実際、担任の先生も困っていましたね(笑)。僕らは甲子園にも出場していないし難しいとは思いましたが、ラッキーなことに県大会の決勝にしても練習試合にしても有名校と試合をしていたこともあって、スカウトの目に留まることができたんでしょうね。だからドラフトの指名がかかったときはうれしかったですね。ドラフト当日は授業があったんですが、結果を知らされたときは本当にうれしかったです。夢が叶ったんだ、思い続けたらなれるんだと実感しました。
念願のプロ入りをしてからは、最初はレベルの違いに驚きました。でも「二軍でもいいから試合に出たい!」という気持ちは人一倍強かったかもしれませんね。そして1年目に一軍にあがり、2年目に初勝利をあげることができました。すると次は先発ローテーションに入りたい、二桁勝利を挙げたいと、ひとつずつ目標が見えてきました。そして、そのためには今、何をすればいいのかを考えるようにもなりました。それは、プロになって経験から学んだことでもあります。特に体を壊して野球ができなかった時の悔しさは大きかったですね。でも、その経験があったから体のことやコンディションについて真剣に考えるようにもなりました。プロになってひとつひとつの経験が自分のプラスになっていることを実感しています。そして何より、自分の好きなことができる幸せを味わっています。今の夢は、もちろん日本一!そして一日でも長く現役でプレーし続けることですね。

三浦 大輔選手からのワンポイントアドバイス

練習にこそ、目的意識を持つことが大事

三浦 大輔選手写真
学生時代、特に高校時代の練習は厳しくハードでした。ただがむしゃらに走って、投げて、打ってというのが基本だったと思います。でも、今だからできる僕からのアドバイスは、どんなハードな練習も「何のためにするのか」という目的意識をハッキリ持っていれば頑張れるということです。例えば下半身を強化するとか、ピッチングやバッティングのレベルアップなど練習内容は人によってそれぞれですが、どんな練習でも野球の基本プラスαの目的を持って練習することで体にも技にも、そして心にも大きな成果が表れると思います。そこで今回は、ピッチングについてのアドバイスをしましょう。
(1)基本のストレートをしっかりマスターする
速球派、軟投派に関係なくストレートはピッチングの基本。体に一番負担のかからない投げ方で、まっすぐできれいな回転のボールを投げることが大事。例えば右投手の場合、右肩より右ひじを高くあげて投げることが故障の予防にもつながります。その上でコントロールやスピードを身につけるようにしてください。
(2)体の筋力にあった投球フォームを見つける
筋肉の強さによって各ピッチャーの投球フォームは違ってきます。僕が高校時代の頃は軸足のかかとをあげる(ヒールアップ)投球フォームで投げていました。セットポジションは胸の前の少し離れたところでグラブを制止させる方法で、クイックで投げてもボールにキレが出ていた部分もありました。日頃のトレーニングによって体や筋肉の強さも変わってくるので、自分の筋肉にあった理想のフォームを見つけることが大事です。
(3)正しいリリースポイントをつかむ
リリースヘルパー(補助役)と組んで正確な腕の振りとスナップの使い方を身につけてください。まず補助役が投手の手首の辺りを握り腕をトップの位置まで持ち上げる(投手は腕の力を抜きリラックスした状態で)。そこから補助役が投手の腕を投げ出すような感じで、腕を加速させるように押し出してあげる(投手の腕に力を入れさせないことが重要)。この加速の感覚を体に覚え込ませるようにすれば、正確な腕の走りとリリースポイントの感覚がつかめ、スナップを効かせる方法もわかってくると思います。
(4)セルフキャッチボールで柔らかいひじの使い方をおぼえる
仰向けになってボールを投げ、ひじからスナップにかけての腕を柔らかくするための練習です。ストレートの握りで握ったボールの中指と人差し指の間にマジックで線を一周描きます。そのボールを天井に向けて投げ、きれいなラインが描けるように練習してください。ポイントは投げる時にひじが開かないように注意すること。ボールにきれいな回転を与えようと考えて投げるので、自然にひじの使い方もよくなってきます。

ここに紹介した練習のポイントは、僕の著書「三浦大輔の心・技・体」(ベースボールマガジン社)で詳しく解説していますので是非、参考にしてください。大事なことは目的意識を持つこと、そして「心・技・体」のバランスのよい練習をすることです。せっかく体を鍛えても心が乱れていては力を発揮できませんから。

三浦 大輔選手からみんなへメッセージ

たくさんの経験から、好きな道を見つけよう!

三浦 大輔選手写真
 夢や目標というのは、誰もが必ず持っているものとは限りません。子どもの頃から思い続けた夢を叶える人もいれば、試行錯誤を続ける人もいて当然です。ただ僕が皆さんに伝えたいのは、いろんなことを経験して欲しい、ということ。チャンスはいろんなところにあると思います。でも何もしなければチャンスは通り過ぎてしまうかもしれないし、見つけることもできないんじゃないかな。僕にも二人の子どもがいますが、「これをしなさい、あれはしてはダメ」とはあまり言いません。子どもが「やりたい」ということには、できるだけチャレンジさせるようにしています。親として、彼らの好奇心や、やる気を応援してあげたいと思いますね。ただ、理由もなく途中で投げ出すことはさせませんが、ダメなら次を考えればいいと思います。その考える力を養うのも経験ではないでしょうか。
例えば試合では、打たれてもマウンドにいる限り1点でも少なく抑える、打者は点を入れられたら、それ以上に点を取る。そうやっていつも上を目指すことが、僕は大事だと思います。ちなみに僕はいつもマウンドに上がるときはHit it!If you can.「打てるものなら打ってみろ!」という気持ちで向かっています。そして「打たれたら止めてやる」という気持ちで、常に前に向かって進みたい。僕にとって、その手段が野球なんです。

※この記事は2007年3月に取材したものです。プロフィール等は取材時点のものですので、ご了承ください。

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株式会社JSコーポレーション 代表取締役社長 米田英一