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有名人スポーツワンポイント講座
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谷川真理さん写真
谷川 真理さん
マラソンランナー アミノバイタルAC所属
1962年10月27日生まれ。福岡県出身。小学校4年生ごろまでは、体が弱かったが、運動が大好きで中学・高校は陸上部に所属。専門学校卒業後、企業に入社し、同僚と花見に行った皇居で、気持ちよさそうに走る市民ランナーの姿を見て、ランニングを開始。数ヶ月後、東京都民マラソンで優勝する。91年、東京国際女子マラソン優勝。92年、バルセロナオリンピックで補欠代表に。同年のゴールドコーストマラソン、94年のパリ国際マラソンで優勝。その後、対人地雷廃絶を目的としたチャリティマラソン「谷川真理ハーフマラソン」を主催し、スポーツクラブ「ハイテクスポーツ塾」を立ち上げるなど、“走ること”を軸とした活動を展開。現在も市民ランナーとして走り続ける。目標は、「ランナーを増やすこと」と「ハイテクスポーツ塾」からオリンピック選手を出すこと。著書に「谷川真理のランニングフィットネス」(学習研究社)「走って、食べて、ヘルシーライフ」(PHP出版)「マラソン完走BOOK」(成美堂出版)などがある。

※この記事は2007年5月に取材したものです。プロフィール等は取材時点のものですので、ご了承ください。

谷川真理さんの学生時代は・・・
「高校時代はツアーコンダクターを目指していました。
谷川真理さん写真子どもの頃から体を動かすことが大好きで、小学生の頃は同じ団地の子たちと敷地内でリレーやローラースケートばかりやって遊んでいました。中学では陸上部に入ったのですが、練習がきつくてすぐに辞めてしまいました。そこに悔いが残り、高校では「どんなに苦しい練習だったとしても3年間だけは続けよう」と決心し、また陸上部に入ったのです。当時は高校総体の女子種目で一番長いのが800m。私は400と800mの中距離をやっていましたが、案の定、厳しい練習の毎日でした。その頃は「練習中は水分を摂らない方がいい」という時代だったので、炎天下の中、水を飲まないで我慢して走るっていうのが特にきつかったですね。私自身「辞めない」という目標があったから続けてはいましたが、先生にやらされている感じが強くて、自分の中に「走りたい」という気持ちはなかったですね。ただ苦しくて、つらいだけで、なかなか結果も出ませんでした。本当のところ、「あと何日で引退できるのかなぁ」って、そればかり考えていました。で、進路を決める時期になったときに、先生に「お前は実業団か大学に行って、マラソンをやりなさい」と言われたんです。なぜかというと、私は呼吸の回復が早かったんですね。1000m思いっきり走ってもすぐに普通の呼吸に戻って次の1000mを走れる。だからマラソンに向いていると。でも私には“走り”を続ける意思はまったくなく、それよりも専門学校で英語を勉強して、旅行会社に就職したかったんです。そして、ツアーコンダクターになって世界中を見て歩きたいと思っていましたから。
谷川さんをマラソンへ駆り立てたものは?
「自分から「やりたい!」と思ったから続けられた」
谷川真理さん写真勉強はあまりしなかったですね(笑)。休みともなればサーフィンやローラースケートに夢中。就職してからも、そのような生活が続いていました。ただ、社会人になって4年目ぐらいですかね。なんとなく物足りなさを覚えて「私の人生このまま一つでいいのかな?」って悩むようになっていました。そんな時、同僚の誘いでお弁当を持って皇居に花見に行ったんです。そこで、たくさんの人が気持ちよさそうに走っているのを見て「私も走ってみようかな」って思ったんですね。しかも、サーファーだった私は、かっこよく、おしゃれに走りたくて、ピンクのレッグウォーマーをつけて、サーファー・ブランドのトレーナを着て皇居を走り始めました。
そしたら、男性ランナーの皆さんがついてくる。その男性たちを振り切って走るのが楽しくてしょうがなかったんですよ。そのうちに、皇居のランナーの一人が「市民マラソンに優勝したら、シドニーにただで行けるよ」って教えてくれたんです。ただで行けるのなら、がんばろうと思って、次の日から皇居2周、10kmを毎日走りました。その甲斐があって、市民マラソンにも優勝でき、シドニーにただで行くことができました。
結局、同じ走ることでも、中学・高校は目標がありませんでした。ただ、先生にやらされているという気持ち。けれど、24歳になった私は、優勝して「シドニーに行きたい」という目標が持てた。そのために「もっと練習しなくちゃだめだ。がんばろう」と思えた。だから大変な練習もこなすことができたんです。
大事なことは、目標を持って自らやりたいという気持ちを持つことと、続けていくこと。今の私があるのも、そのことに気付いて実践してきたからだと思います。
谷川真理さんからのワンポイントアドバイス
「明日に練習をつなげることを考えましょう」
谷川真理さん写真私も最初のうちは、「この市民レースで10kmを何分で走りたい」「こっちのレースでは5kmを何分で走りたい」と目標を作り、その目標がクリアできたら次の目標というように、"少しがんばったら手の届きそうな目標"を作って少しずつやってきました。もちろん、「オリンピックに行くんだ」と目標を決めてがんばることも大事ですが、私の場合には小さな目標をクリアしていった先にオリンピックがあるかもしれないと考えてやってきたので、私にはそのほうが合っていたと思っています。
ただし、フルマラソンの42.195kmは、かなり身体に負担がかかり、身体がある程度出来上がってから走る距離。高校生の場合は、長く走ってもせいぜい20kmぐらいにしておきましょう。

(1)練習は腹八分で。
マラソンは、ある程度練習をすれば、やった分だけ体が強くなるスポーツですが、身体づくりは少しずつが大切だと思います。急に頑張ってしまうと、ひざやアキレス腱など、体を壊してしまうことがあります。練習は腹八分目にしましょう。

(2)疲労を早くとる
一生懸命がんばった後は、早く疲労を取るよう心掛けましょう。ハードな練習をすると、筋肉の細胞がたくさん壊れてしまうのですが、その細胞を早く修復して、次の日の練習につなげることが大切です。細胞を作るのはアミノ酸という栄養素で、お肉などに含まれています。ただ、お肉の場合はアミノ酸になるまでに時間がかかります。最近は、粉末状のアミノ酸もあります。これは手軽に飲めて速やかに筋肉が修復します。もし、それが手に入らなければ、練習後になるべく速やかに牛乳を200~300cc程度飲むと筋肉が早く作られますし、また疲労も早く回復します。

谷川真理さんからみんなへのメッセージ
谷川真理さん写真

もし、何かを極めたいのなら、自分でやりたいという気持ちを持ち続けることが大事だと思います。そして、人と違うことをやっていかないと、なかなか極めるのは難しいと思います。人の目を気にせずに、周りから何を言われても自分の意志を貫く、そういう気持ちを持ち続けることが大切ですよ。
私も一生懸命練習をやっていても、思いどおりの結果が出ないことだってありました。でも、そこであきらめないで、やり続けてきました。それは、難しいことだけど、私にとっては大事なことでした。やり続けてきたからこそ、自分の目標を達成することができたんですから。山の頂上には一気に上ることはできません。だからこそ、少しずつ上っていくことが大切だと思っています。

※この記事は2007年5月に取材したものです。プロフィール等は取材時点のものですので、ご了承ください。

有森 裕子さん
有森 裕子さん(女子マラソン五輪メダリスト)
人生の通過点で、いろんなチャレンジをしよう!
千葉 真子選手
千葉 真子選手(マラソン選手 2003年パリ世界選手権マラソン銅メダリスト)
駅伝に絶対に出るんだっていう気持ちはすごく持っていました。
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