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ひかみこうとうがっこう

氷上高等学校

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氷上高等学校出身の有名スポーツ選手

井上 香織選手 プロフィール

井上 香織選手

元バレーボール選手
ロンドンオリンピック日本代表

PROFILE

1982年10月21日生まれ。兵庫県豊岡市出身。小学校3年生からバレーボールを始め、中高でもバレー部に所属。高校はバレーの名門である兵庫県立氷上高校に進学し、3年時にはゲームキャプテンを務め、春高バレー・インターハイにも出場。全日本高校選抜にも選出された。2001年からデンソー・エアリービーズ(V1)に所属。ポジションはミドルブロッカー(MB)。2005年からVリーグレギュラー入りを果たすと、2006-07プレミアリーグにおいてブロック賞・ベスト6賞を受賞。2008年、2007-08プレミアリーグでチーム初の準優勝に貢献。同年5月開催の第57回黒鷲旗大会では初優勝を果たし、黒鷲賞(最高殊勲選手)を受賞した。2009年4月に、全日本女子代表メンバーに登録される。2010年には世界選手権に出場し、ブロックポイントではトップに。銅メダル獲得に大きく貢献した。2012年6月、ロンドンオリンピックの代表メンバーに選出され、全日本女子28年ぶりの銅メダルを獲得。ここでもチームトップのブロック得点を記録し、メダル獲得を牽引した。2015年5月の第64回黒鷲旗大会を最後に、現役引退を表明。現在は、一人でも多くの子どもたちにバレーボールの楽しさを伝えるため、全国各地でバレーボールの普及活動に従事している。

井上 香織選手の学生時代は・・・

「楽しいバレー」と「勝つためのバレー」の両方を経験

井上 香織選手写真
 小学生のとき、走ることが好きだった私が入部を希望していたのは陸上部でした。そんな気持ちが一転、全く興味のなかったバレーを始めることになった理由は、バレー部に所属していた親友の存在です。私の小学校では部によって入部時期が異なっていて、陸上部はバレー部より入部のタイミングが遅く、私はしばらくクラブ活動がありませんでした。そのため、授業が終わればすぐに帰ることもできましたが、親友と一緒に帰りたいがために、バレー部が終わるのを待っていたんです。すると、友人から「バレー部に入ったら?」とのお誘いが。バレー部に入れば彼女を待つ必要もなく、いつも一緒に帰ることができる。小学3年生の私は「バレーがしたい!」というよりも、親友と一緒にいたいという気持ちから、バレー部への入部を決意しました。そんな心持ちで始めたものの、6年生になる頃にはすっかりバレーが大好きに。卒業時に165cmあった身長はチームの中で一番高く、たくさんスパイクを打てることが楽しかったんですよね。何より、人前に出ることが苦手だった私が、バレーなら自然と自分を出すことができた。そうした喜びもバレーへの楽しさに拍車をかけたのだと思います。
 こうして、中学でも迷うことなくバレー部に入部しました。顧問の先生が熱心で、土日も夏休みも、ほとんど休みなしという練習漬けの日々でしたが、不思議とつらかったという記憶は全くありません。むしろ残っているのは「楽しいバレー」の記憶ばかり。この時から、「オリンピック出場」が私の夢になり、卒業文集に書いたことを今でもよく覚えています。
 しかし、「楽しいバレー」は高校で一変。進学した氷上高校での3年間は、私の長いバレー人生の中で一番戻りたくない時間だと言っても過言ではないかもしれません。3年生ではゲームキャプテンも務めましたが、実は、高校時代のバレーのことはほとんど覚えていないんです。微かな記憶にあるのは、中学以上に厳しかった上下関係や親元を離れての寮生活の寂しさ、何よりも「楽しいバレー」ではない「勝たなければいけないバレー」へのプレッシャーとの戦いだったこと。とにかく、無我夢中で駆け抜けた3年間だったと思います。

Vリーグ準優勝、日本代表選出、そしてオリンピックへ・・・

中学から一貫して抱き続けた想いが夢の舞台への道しるべに

井上 香織選手写真
 高校卒業後は株式会社デンソーの女子バレーボールチーム、デンソー・エアリービーズ(V1)に所属しました。特に印象に残っているのは、準優勝を果たした2007年のVリーグの決勝戦です。チームとして念願だった場にようやく立つことができたという気持ちと、決勝戦にしかない緊張感や空気感がただようコート。現役生活14年の中で、たった一度だけ立つことができた決勝戦の雰囲気は、今でも鮮明に覚えています。
 また、2009年には日本代表メンバーに選出していただき、対戦相手は世界へと広がっていきました。その時、世界の強さを痛感した一本が、当時のブラジル代表だったタイーザ・メネセス選手のスパイクです。実は、ブロックで止めることができたわけではなく、手の横を通りすぎたという一本だったのですが、その瞬間に感じた威力が息をのむほど圧倒的でした。横を抜けたスパイクに強さを感じることはほとんどないのですが、彼女のスパイクから感じた「風」は、今まで経験してきたものとは一線を画すレベル。これまでミドルブロッカー(以下MB)として世界屈指のスパイカーたちのスパイクをブロックしてきた中でも、決して忘れることのできない一本です。
 それから、銅メダルを獲得した2012年のロンドンオリンピック出場までの道のりには、怪我による大きな葛藤がありました。2011年に肩を脱臼し、治療のため手術を行いましたがその半年後に再発。2回目の手術をするかどうか悩んでいた時、一瞬頭をよぎったのがこれまで一度も考えたことのなかった「バレーを辞める」という選択肢でした。その気持ちを思いとどまらせたのが、中学生のときの卒業文集に記した「オリンピック出場への夢」だったのです。「ダメでも、やるだけやってみよう」。こうして、2回目の手術をし、オリンピック1カ月前の2012年6月に復帰。同月に行われたロンドンオリンピックの代表メンバー選考にギリギリ滑り込みました。ありがたいことに代表メンバーに選出していただき、中学からの夢の舞台へ。銅メダルを獲得できた喜びと、最後の最後まで、肩の脱臼が再発することなく戦い続けることができたという安心感で胸がいっぱいになった、かけがえのない経験です。

井上 香織選手からのワンポイントアドバイス

バレーに必要不可欠な、体力、ジャンプ力、スパイク力を鍛える

井上 香織選手写真
中高にはトレーニング器具がなかったので、トレーニング専用器具は一切使用していませんでした。今回はバレーにおいて必要不可欠な3つの力を、専用器具なしでも鍛えることができるトレーニング方法をご紹介します。

(1)走ることで「体力」をつける…高校時代、練習に入る前に必ず行っていたのが、校舎の外周を使った3キロのランニングです。ただ3キロ走りきるだけではなく、毎回タイムを計っての競争形式。タイム設定を課せられることもあり、まずはこの長距離ランニングを乗り越えることが毎日の第一関門でした(笑)。当時はつらくて仕方ありませんでしたが、現役を経て改めて「走ることの大切さ」、ひいては「走ることでつく体力の大切さ」を感じています。どんな競技にも通ずることだと思いますが、最後まで戦いぬくには体力が必要不可欠です。体力をつける方法として「走る」ことは、とても大切だと思います。

(2)縄跳びで「ジャンプ力」を鍛える…ポジションにもよりますが、バレーはジャンプが基本です。よく行っていたのは縄跳びを使用してのトレーニング。中学生のときは、二重飛びを1000回~2000回、ウォームアップで行っていました。反対に、練習後に縄跳びをすることも。体も疲れ切っていてしんどいのですが、試合の時に楽だと感じられるなら、という気持ちで取り組んでいました。

(3)肩を強化し「スパイク力」を鍛える…日本人の肩の筋肉は、世界と比較すると弱いと言われています。力強いスパイクを打つためには、肩の強化は必須。よく行っていたのは腕立て伏せです。10回を1セットとして3~5セットを目安に取り組んでみてください。

MBは、「最も駆け引きが必要とされるポジション」でもあります。相手がどこからスパイクを打ってくるのかを見極め、反対に相手ブロックを欺くためにどう動くべきかも考えなければならない。こうしたネット上の駆け引きを少しでも有利にするために、MBには横の動きと、トスが上がった時に咄嗟に反応できる瞬発力が求められます。これらを鍛えるために、相手コートに立ったセッターがトスを上げた先へ瞬時に動くという練習をひたすら繰り返していました。特にMBの方は、反応スピードを少しでも速くする練習も取り入れてみるとよいかもしれません。

井上 香織選手からみんなへメッセージ

苦しくても前を向けたのは夢があったから

井上 香織選手写真
 今思えば、戻りたくないとさえ思う高校時代も、繰り返す怪我で引退を考えたときも、私の背中を押してくれたのは中学生の卒業文集に記した「オリンピックに出場したい」という想いでした。14、5歳の時に抱いた夢が、私とバレーを繋げ続けてくれたのだと思います。だからこそ伝えたいことは、「夢や目標を持つことの大切さ」です。私自身がそうだったように、自分にとって大切な夢や目標がひとつでもあれば、それが皆さんの人生の大きな指針となってくれるはず。目をそらさず、自分の叶えたい夢や目標を探してみてください。
 現役を引退した私の次なる目標は、バレー人口を増やすこと。そのためにも、まずは「バレーの楽しさ」を子どもたちに伝えたいと思っています。私自身も、バレーに全く興味のないところからスタートしましたが、スパイクを打てる楽しさを知り、バレーが人生の一部になりました。また、バレーにしかないチームスポーツの面白さも感じてほしいですね。バレーは、ボールを地面に落とすことなく繋ぎ続けなければいけない唯一の球技。一人の調子がよいだけでは勝てないし、逆に一人の調子が少し悪くても、チーム一丸の強さがあれば勝つこともある。そんなバレーならではの魅力も感じてほしいと思います。これから先、日本のバレー界がもっともっと盛り上がるよう、「バレーって楽しい!」と感じてくれる子どもたちを一人でも増やしていきたいですね。

※プロフィール等は2020年9月時点のものです。

所在地/問い合わせ先

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〒669-4141 兵庫県 丹波市春日町黒井77
TEL.0795-74-0104 
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株式会社JSコーポレーション 代表取締役社長 米田英一