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にしわききたこうとうがっこう

西脇北高等学校(定時制)

(高等学校 /公立 /共学 /兵庫県西脇市) >>お気に入りに追加する

西脇北高等学校(定時制)出身の有名スポーツ選手

長谷川穂積さん プロフィール

長谷川 穂積さん

元プロボクサー(元WBC世界バンタム級王者、元WBC世界フェザー級王者、元WBC世界スーパーバンタム級王者)
H.H FITNESS&BOXING代表

PROFILE

1980年12月16日生まれ。兵庫県西脇市出身。元プロボクサーだった父の指導で小学2年生からボクシングを始めるが、その厳しさに反発し中学時代はボクシングを離れ卓球部に所属した。兵庫県立多可高校から兵庫県立西脇北高校を経て千里馬神戸ボクシングジムに入門し、本格的にボクシングを始める。1999年11月にプロデビューし、2003年5月にOPBF東洋太平洋バンタム級王座を獲得。2005年には20戦目で世界初挑戦し、防衛15度目となる当時のWBC世界バンタム級王者と対戦し判定勝ちで世界王座を奪取した。この王座は5年間、10度の防衛を果たしている。その後2010年にはフェザー級に転向し、11月にWBC世界フェザー級王座を奪取。2013年にはスーパーバンタム級に転向し、2016年9月にWBC世界スーパーバンタム級王者となり世界3階級制覇を成し遂げた。同年12月、世界王者のまま現役を引退。現在は「H.H FITNESS&BOXING」を経営し指導する他、ボクシングの解説や講演、俳優業などマルチに活躍する。

長谷川穂積さんの学生時代は・・・

父を喜ばせたくて、一度は離れたボクシングに挑戦することに

長谷川穂積さん写真
 元プロボクサーの父親の影響もあって、小学校2年生の時から父に教わりボクシングを始めました。父としては男の子にはやらせたかったんでしょうね、僕の下に2人弟がいますが、みんなやっていました。でも初めてすぐに厳しくて嫌になりましたけど(笑)。自宅にボクシング部屋があり毎日の練習と朝・晩のランニングですから、中学に上がるまで続けましたが、中学でボクシングから逃げるように卓球部に入り、両方はきついということでボクシングは休ませてもらいました。卓球は市の大会で優勝するまでになっていましたが特に好きというわけではなく、ボクシングから逃げたい気持ちが大きかったんです。その後高校に進みましたが、スポーツは何もやりたくなかった。特にボクシングは一生やりたくないくらいに思っていました(笑)。当時、友達と遊んだりバンドをやったりが楽しくて、部活動やボクシングに興味が持てなかったからです。そんな時、今の奥さんと出会って少しでも側にいたくて彼女のいる大阪に行こうと思ったんです。でも厳しい父は許してくれないので家出までしたんです。若かったんですね(笑)。でもお金もなくて結局は帰ったんですが、怒られると思った父が「好きなことをしろ」と優しい言葉をかけてくれました。この時、父に申し訳ないという気持ちから「ボクシングをする!」と口をついて出ていました。すると父はその気になって、すぐにボクシングジムを探してくれました。きっと父は嬉しかったんでしょうね。当時、西脇市にジムがなかったので神戸のジムに入ることになり、17歳から一人暮らしが始まりました。でも当初プロはもちろん、チャンピオンになりたいなんて考えていませんでした。ストイックな生活やトレーニングなんてしたこともなかったですから。父を喜ばせたくて始めたボクシングでしたが、練習がきつくてサボったりしてましたね(笑)。

19歳でプロデビュー、そして世界チャンピオンへ・・・

世界王者になれたのは、僕にとっての闘う理由があったから

長谷川穂積さん写真
 当時は神戸でアルバイトをして一人暮らしをしながらボクシングをしていましたが、僕はアマチュア経験もほとんどなく成績も結果を残していないボクサーでしたから、チャンピオンになれるなんて僕も周りも思っていませんでした。ただ、父への恩返しのつもりで練習に励んでいましたが、その頑張った成果として試合に勝てた時、ボクシングを好きになっていく自分に気付いたんです。すると周りも喜んでくれるから、もっと強くなりたいと思うようになりました。そして2005年に世界初挑戦で世界バンタム級のタイトルを掴んだ時は本当に嬉しくて、忘れられません。このタイトルは5年間、10回の防衛を果たしましたが2010年4月、11度目の防衛戦に負けた時は一番辛かったですね。
 僕にとってのモチベーションというか闘う理由は、家族や周りの人たちを喜ばせたいという思いでした。また、病気だった母のために勝ち続けて医療費を稼ぎたい思いも強かったんです。だから母が亡くなってからはモチベーションを保つのが難しく、試合で負ける時期もありました。でも「強いってなんだろう」と自分に問いかけ、その答えがわかるまで続けようと思いました。その後世界フェザー級、世界スーパーバンタム級のタイトルを手にし、自分なりの答えが見つかったので引退を決めました。僕にとってボクシングは学校だと思ったんです。学校だからいつか卒業する、じゃあどう卒業するかって考えた時、怪我や負けて辞めるのか、それとも自分自身が納得し満足して終えるのか。そう考えた時、タイトルも手にしたし、もうこれ以上闘う理由はないなと思い卒業することにしました。自分の中にはやりきったという思いがありましたから、プロボクサーは卒業です。

長谷川穂積さんからのワンポイントアドバイス

毎日、自分の甘えと闘うことからトレーニングは始まる

長谷川穂積さん写真
 小学校からボクシングをしていましたが、中学校で卓球に転向し次に本格的にボクシングを始めたのが17歳でした。ジムでの練習ですからかなりハードだと思いますが、走ることとジムワークがメインでした。
(1)走る・・・ボクシングのトレーニングでは定番ですが、毎朝10kmを走っていました。足腰を鍛えることが目的ですが、一番の目的はサボりたいなという自分に勝つためだと思っています。体を鍛えるだけなら夜だっていいわけですが、朝起きて、弱い自分に勝つことから一日のトレーニングは始まると思ってますから。
(2)ストレッチ・・・練習の前後には必ず行います。筋肉や関節を伸ばしたりほぐしたりして負担をかけないようにすることで、怪我の予防や疲労回復につながります。
(3)シャドーボクシング・・・基本のフォームや動きを身につけるため鏡を使ったりします。
(4)スパーリング・・・リンクの上で実際に相手と打ち合う練習です。実践をイメージできる練習ですが、怪我の防止のためにヘッドギアやプロテクターを付けて行います。
(5)ミット打ち・・・トレーナーがミットを持ち動くので、実践をイメージして打つ練習ができます。
(6)サンドバック・・・シャドーボクシングで身につけたフォームやイメージを確かめながらサンドバックを叩きます。
(7)縄跳び・・・心肺機能、リズム感、足腰などを鍛えるのに有効です。
最後に筋トレをして練習は終了です。
この練習メニューを毎日2時間やっていましたが、これはプロになってからの練習です。初心者の方はトレーナーとよく相談してメニューを決めてください。ただ、走ることは一番大事だと思っています。なぜなら自分との闘いだからです。これに勝てなければボクサーにはなれないんじゃないかな。

MESSAGE

長谷川穂積さんから
みんなへメッセージ

長谷川穂積さん写真

やりたいことを探す人生が楽しければ、それでいい!

 引退後の2018年、僕は自身のトレーニングのためにジムを開きました。プロは卒業したけれど一生ボクサーでありたいから動くための場所です。そして一緒にやりたい人が来てくれたらトレーナーになります。他にもボクシングの解説や講演活動、俳優活動などもやらせてもらっていますが、全ては楽しく生きるための挑戦です。僕は自身の高校時代も、そして今は息子や娘を見ていると、何か目標や夢を見つけることに必死にならなくてもいいと思うんです。やりたいからではなく父への恩返しのために始めたボクシングでしたが、ある時スイッチが入り「やりたい」に変わったんです。何がきっかけになるかは人それぞれですが、焦らなくてもいい。やりたい事を探す人生が楽しければ、それもいいんじゃないですか。だから人と同じじゃないとダメだなんて思わず、自分らしさを見つけてください。そしてチャレンジして失敗したらやり直せばいい、やらずに後悔する人生より楽しいに決まってます。

※掲載内容は2024年2月の取材時のものです。

所在地/問い合わせ先

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〒677-0014 兵庫県 西脇市郷瀬町669-32
TEL.0795-22-5850 
ホームページ
http://www.hyogo-c.ed.jp/~nishiwakikita-hs/

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株式会社JSコーポレーション 代表取締役社長 米田英一