PROFILE
1996年8月5日生まれ。神奈川県相模原市で生まれ、東京都小平市で育つ。3歳から体操を始め、小学校時代から数々のジュニア競技会で好成績を残した。中学2年生の時には全日本種目別選手権のゆかで優勝。明星高等学校に進学した2012年にも同大会に出場し、再びゆかで優勝を飾った。2015年に日本体育大学へ進学すると、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは団体総合の4位入賞に大きく貢献した。2021年の東京オリンピックでは女子個人総合で日本人歴代最高順位となる5位入賞を果たし、個人種目別ゆかでは日本女子で史上初となる銅メダルに輝いた。同年に行われた世界選手権で現役を引退し、現在は母校・日本体育大学で指導者を務めるほか、メディア出演や体操の普及活動に励んでいる。村上茉愛さんの学生時代は・・・
小さな身体で感じた悔しさを、成長の原動力に
小学校に上がってからは試合にも出場し始めました。身長が110cmほどしかなかった私は、180cm間隔で設置された段違い平行棒のバーを飛び移ることができず、落下してばかり。その度に泣いて、怒られていました。また、一緒に体操を習っていた姉に試合で惨敗することもしばしば。身体が小さいがゆえにうまく演技ができず、悔しい思いをたくさんしたことで、「もっと強くなりたい」という気持ちが芽生えました。ただ、体操を極めていくうえで、身体が小さいことは決してマイナスばかりではありませんでした。回転の感覚はトランポリンの上で跳ねながら掴むことが多いですが、私は先生の力だけで軽々持ち上げられるくらい小柄だったので、人力でぐるぐると回されて感覚を覚えていたのです(笑)。幼いころから感覚練習を積めたことでより早くボディコントロールの基礎が身に付き、どんどん試合で結果を残せるようになりました。次第に「オリンピックでメダルを獲りたい」という夢も持つようになりました。
体操クラブと提携をしている武蔵野東中学校へ進学してからも、全国中学校体育競技大会などで優勝することができ、何もかもが上手くいっている感覚でした。そして高校2年生の時、はじめて世界選手権に選ばれました。とてもうれしく、当日もよい演技ができたと思ったのですが、結果は4位。あと一歩のところでメダルに届かず、燃え尽き症候群のようになってしまいました。海外遠征ばかりで友達となかなか会えなかったり、勉強にも追いつけなかったり…しまいにはケガも重なり、「もうやめようかな」と考えるまでに気持ちが落ちていました。しかし引退することを想像してみたら、今の自分には体操しかない、体操のない未来なんて考えられないという想いに駆られたのです。社会に出たときのためにも勉強するに越したことはないと思い、ひとまず大学に進むことを決めました。
上り調子の最中、ケガで代表を離脱・・・
オリンピックへの執念が最高のラストにつながった
しかし大学2年生の時、そんな決心を大きく変える出来事が起こりました。それはリオオリンピックへの出場です。夢にまで見たオリンピックでしたが、簡単な技で手をつくミスをしてしまい、個人種目別ゆかは7位という結果に。あのミスさえなければメダルに届いたかもしれないと、悔しい気持ちでいっぱいになりました。同時に、体操をやめるか悩んで練習をおざなりにしてしまっていた時期を振り返り、競技人生ではじめて後悔の念がこみ上げてきました。そこで、予定を2年延長して東京オリンピックまで現役を続けることを決意したのです。「メダルを獲るまでは絶対にやめられない」と、改めてエンジンがかかった瞬間でした。
リオオリンピックの翌年に出場した世界選手権では、種目別ゆかで金メダルを獲ることができました。日本女子としては63年ぶりで、勢いに乗れていると感じました。ただ、東京オリンピックまでの道のりは、そう簡単なものではありませんでした。大学を卒業した2019年、腰のケガで日本代表から外れることになったのです。このまま置いていかれるのではないかと、毎日不安でなりませんでした。さらに2020年はコロナ禍で練習や試合を自粛せざるを得ない状況になり、体操をしたいのにできないもどかしさが募りました。それでもなんとか持ちこたえられたのは、東京オリンピックへの強い思いがあったから。「いま体操ができなくても、オリンピックに出られなくなったわけではない」と切り替えました。
そして2021年、遂に東京オリンピックの舞台に立つことができました。種目別ゆかで銅メダルを獲ることができた時は、リオオリンピック後の壮絶な数年間が走馬灯のように思い出され、心の底から「ここまで続けてきてよかった」と感じました。残念ながら無観客での開催となったので、引退試合は数か月後に有観客で行われた世界選手権まで持ち越すことに。偶然にも北九州での開催だったので、一番見てほしいと感じていた母にも来てもらうことができました。これまでは“自分のために、結果を求める演技”でしたが、この日は“みんなのために、感謝を伝える演技”を披露しました。観客の皆さんも手拍子しながら見守ってくださり、今まで体験したことがないくらい一体感のある温かな会場に胸が熱くなりました。最終的には種目別ゆかで金メダルという結果までついてきて、これ以上ない最高のラストとなりました。
現在は、主に強化指定選手などの指導者として指導をしている傍ら、体操の普及活動にも力を入れています。きっと私にしか伝えられないことがあるはずなので、自分にできることを精一杯頑張りたいと思います。
村上茉愛さんからのワンポイントアドバイス
積み重ねた練習だけが、自分の自信となる
(1)つま先の柔軟…靴を脱いだ状態で立っている時や座っている時にやってほしいのが、つま先を内側に曲げて足の甲を伸ばす柔軟です。かかとが外側や内側に動かないよう足首をしっかり固定し、足の甲を一直線にすることを意識しながらやってみてください。
この柔軟が痛いと感じる人は、足の指を使ってスーパーボールを掴んだり離したりを繰り返すトレーニングもおすすめです。体操選手の中には、テニスボールを掴めるくらい柔らかい人もいます。テレビやスマホを見ながらでもできると思うので、ぜひ取り組んでみてください。
(2)ひざのストレッチ…長座体前屈の姿勢になり、かかとは段差など少し高い位置に置いてください。その状態でひざに重りを置いて負荷をかけることで、ひざの柔軟になります。身体が冷めていると伸びにくいので、走ったあとやお風呂に入ったあとなど身体が温まっている状態の時に行うのがおすすめです。
普段、よく選手から「試合で緊張してしまう」という相談を受けます。高校生の皆さんも同じような悩みを抱えることがあると思うのですが、私はこの悩みは練習でしか解決できないと思っています。これだけやったから大丈夫という自信がつくまで、とにかく練習を重ねるしかありません。そしていざ本番を迎えたら“無欲無心”になることが重要です。「最高の演技をしたい」といった演技に関する欲はよいと思うのですが、「メダルを獲りたい」といった別の思考が働くと、変に力が入ってしまいます。たわいもない会話をして気を紛らわせるなど、ぜひ無欲無心になれる自分なりの方法を探してみてください。
※掲載内容は2024年7月の取材時のものです。
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