【特集】敷根崇裕選手からの高校生へのメッセージ | 日本の学校

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アスリートからの熱いメッセージ

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敷根崇裕選手 プロフィール

敷根 崇裕選手

フェンシング選手
パリ2024オリンピック フェンシング男子 フルーレ団体 金メダリスト

PROFILE

1997年12月7日生まれ。大分県大分市出身。RST所属。フェンシング選手だった父親の影響で、6歳からフェンシングを始める。中学時代に上京し、東亜学園高校に進学。高校3年でフェンシングワールドカップのフルーレ団体に日本代表として出場。法政大学に進学し、大学1年で出場した2016年の世界ジュニア選手権では個人・団体ともに優勝。2017年の世界選手権ではフルーレ個人で3位、同年のユニバーシアードではフルーレ団体で優勝。大学在学中に全日本選手権4連覇という学生史上初の功績を残した。東京2020オリンピックでは団体・個人ともに4位。2023年の世界選手権フルーレ団体で優勝し、日本勢初の金メダルを獲得。2024年のフルーレワールドカップで個人2位、同年のパリ2024オリンピックではフルーレ団体で優勝し、金メダルを獲得。ロサンゼルスオリンピックに向けて鍛錬を続ける。

敷根崇裕選手の学生時代は・・・

とにかく負けず嫌い。兄に勝つため技を磨いていた

敷根崇裕選手写真
 フェンシングを始めたのは6歳の頃です。はじめはサッカーがやりたかったのですが、親に却下され「フェンシングをやってみないか?」と言われました。両親ともフェンシング選手で、父は高校でフェンシング部のコーチをしていましたから、子どもにもやらせたかったんでしょうね。体を動かすこと自体が好きだった僕は「フェンシングもいいな」と思い、すんなり親の言うことを聞きました(笑)。それからは1歳年上の兄と一緒に、父が教えている高校生に混じってフェンシングをする日々が始まりました。
 僕は当時からすごく負けず嫌いだったんです。とにかく兄に勝ちたい一心で、自分なりに試行錯誤をしながら練習をしていました。小学2年生の頃から大会に出るようになると、フェンシングが「兄との勝負」から「スポーツ」という意識に変わっていきました。うまく相手を騙して自分のやりたい技を決められた時や、相手が仕掛けてきそうな時に技を読み切れた時がすごく楽しくて、フェイントの出し方などを研究し、得意技を磨いていましたね。
 思い出深いのは小学4年生の頃、母と一緒に北京オリンピックでの太田雄貴さんの試合を見ていた時のことです。母が「太田さんが銀メダル獲ったよ!」と言ってきたので、母を喜ばせたい気持ちで「じゃあ、僕が金メダルを獲るよ」と宣言。これがきっかけで、オリンピックでの金メダル獲得が僕の目標になりました。
 中学生の頃に家族で上京。自分のレベルを上げるために、強い選手がいる環境で揉まれたいと思い、当時から良いライバルだった松山恭助選手や兄が通う東亜学園高校に進学しました。期待通り、高校からは一層フェンシング三昧でした。高校2年生になると、高校生対象のジュニアの試合だけでなくシニアの試合にも出場し、部活動に加えてナショナルチームの練習にも参加するようになりました。ナショナルチームには、かつて母とテレビでオリンピックの試合を観戦した太田さんも在籍していました。シニアの選手には全力を出し切って挑んでも初めはなかなか通用せず、僕はここでも負けず嫌いを発動。どうやったら勝てるかを考えながら練習に取り組む中で、だんだんと体力も筋力も増え、試合で戦える力が身についていったように思います。

オリンピックの金メダルは嬉しさ半分、悔しさ半分

今度こそ、納得のいくプレーで金メダルを獲りたい

敷根崇裕選手写真
 高校卒業後は法政大学へ進学しました。父の出身校かつ兄の進学先でもあり、練習環境も良かったことが決め手です。高校時代からナショナルチームで練習してきた成果が徐々に表れ、大学1年生の時に出場したアジア選手権では、シニア大会初のメダルを獲得することができました。翌年に出場した世界選手権でも3位に入賞。シニアの舞台でも通用する力がついてきたことを実感し、自信に繋がりました。「もっと世界で戦いたい、フェンシングを頑張りたい!」と感じた出来事です。
 大学2年生の頃、世界ランキングが37位から17位に。その後もランキングを上げる中で、上位層ならではの壁にぶつかるようになりました。世界ランキング16位以内の選手は予選が免除され、64名によるトーナメント戦からスタートします。初戦で当たるのは必ず自分よりランキングが低い選手なので、「負けてはダメだ」とプレッシャーを感じ、初戦敗退を繰り返すようになってしまったんです。僕は普段から人に相談しないタイプで、この時もひたすら自分で解決策を考えました。練習の中で勝ち癖をつけることや、技の精度を上げること、ウェイトトレーニングをして海外選手に負けないフィジカルを育てることで、初戦の壁を乗り越えることができました。
 今までの競技人生で一番印象に残っている試合は、東京オリンピックです。個人、団体ともに4位という結果でした。しかも、優勝した香港代表の張家朗選手は、2年前のアジア選手権の決勝で勝利した相手。勝てたはずの相手だったのに、負けてしまった。人生で一番悔しかった試合です。僕は昔から、周囲の人に「お前は才能型だから、才能を磨かないといけない」と言われてきていました。もちろん、これまでも努力をしてきていましたが、東京オリンピックを通じて「もっと自分の才能を磨かなければいけない」と痛感しました。
 東京オリンピックでの悔しさを胸に、パリオリンピックまでの4年間、練習に打ち込みました。一番意識したのは精神面です。実戦練習を通じて、積極的に攻めつつも冷静さを保ち続ける、マインドの強さを突き詰めました。そして臨んだパリオリンピックでは、団体で金メダルを手にすることができました。ただ、いつもは自分がアンカー(団体戦最後の試合)を務めていたのですが、今回のアンカーは飯村一輝選手でした。最後を自分で決められなかったことがすごく悔しかったです。僕の中では、嬉しさと同時に悔しさも感じる結果となりました。母はメダルを喜んでくれましたが、僕の中ではまだ、小学4年生の時に宣言した「金メダルを獲る」という母との約束を果たせていない感覚なんです。次のロサンゼルスオリンピックかブリスベンオリンピックでは、必ず納得のいくプレーで金メダルを獲得したいと思っています。そのために、今後さらに自分を磨いていきたいです。

敷根崇裕選手からのワンポイントアドバイス

まずは型を身につけてから、考える力を育もう

敷根崇裕選手写真
フェンシングで重要なのは、綺麗な型を身につけることです。その後はどうすれば勝てるか自分で考える力を持つと、どんどん上手くなるはずです。

(1)綺麗な型を身につける……突き方や力加減が雑だと、点が取れないだけでなく怪我にも繋がってしまうため、まずは綺麗な型を身につけることが何より大切です。コーチに見てもらいながら、綺麗に突けるようになるまで反復練習を繰り返してください。

(2)得意技を持つ……シンプルなものでも良いので、自分の中で自信のある技を何か1つ持つと、試合運びがしやすくなります。対戦中にうまく決まった感覚がある技を覚えておき、その技を極める練習をすることで、どんな相手にも通用する得意技になっていきますよ。自分に何の技が向いているかわからなければ、コーチに聞いてみても良いと思います。

(3)5本勝負で勝ち残る……1時間半くらい時間を取って、5点先取の5本勝負を色々な相手と繰り返す実戦練習です。一度も負けずに勝ち残り続けると、海外の試合でも決勝まで戦い続けられる持久力が身につきます。ぜひ、全勝を目指して取り組んでみてください。

練習で負け続けてしまったり、いつも勝てている相手に勝てなかったり、なんだか最近調子が悪いな、と思うこともあると思います。そういう時には、信頼できる人に聞いてもらいながら、自分の試合を声に出して振り返ることがおすすめです。相手に伝える過程で頭の中が整理され、改善要素が見えてきます。ぜひ試してみてください。

MESSAGE

敷根崇裕選手から
みんなへメッセージ

敷根崇裕選手写真

やりたいことをやり続けることで、自信に繋がる

 皆さんには、誰に何と言われようと自分のやりたいことをやり続けてほしいと思っています。僕は剣先を下げる独自の構えで戦うのですが、このフェンシングスタイルについて「お前と同じスタイルの選手は日本にいないし、海外でもマイナーだからやめたほうがいいよ」と言われたことがあります。それでも、自分のやりたいことをやり続けていたからこそ、フェンシングを楽しく続けられたし、自分のスタイルを極めたことで自信にも繋がりました。
 僕は試合でも相手のフェンシングに惑わされず、自分がやりたいフェンシングを押し付けることで、相手のペースを乱して勝利をつかむことが多いです。人に惑わされないマイペースさが僕の強みになっています。皆さんも、自分のやりたいという気持ちを貫き通すことで、得られるものがきっとあるはずです。
 また、スポーツを通じて努力した経験や、仲間を信じる心も、将来の自分の宝物になると思っています。勝ちだけにとらわれず、スポーツをすること自体のすばらしさを忘れないでほしいです。

※掲載内容は2026年6月の取材時のものです。

見延 和靖選手
見延 和靖選手(フェンシング選手)
目の前のことに一生懸命取り組み、突き詰めてほしい
山田 優選手
山田 優選手(フェンシング選手)
何ごとも、全力で楽しめる人になってほしい
三宅 諒選手
三宅 諒選手(フェンシング選手)
目標を見失わず、頑張った分だけ結果にこだわってもいい
淡路 卓選手
淡路 卓選手(フェンシング選手)
今の時間と有り余るエネルギーを大事にしてほしい
千田 健太選手
千田 健太選手(フェンシング選手)
負けを次にどう生かすかが大事
太田 雄貴選手

2010年8月

太田 雄貴選手(フェンシング選手)
自分が、自分らしくあるために

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株式会社JSコーポレーション 代表取締役社長 米田英一