
PROFILE
小学校2年生からサッカーを始め、中学入学と同時にスペランツァF.C.高槻(現・スペランツァ大阪)の下部組織に入団。高校進学時に一度テニス部に入団したが、高校3年生の時にスペランツァF.C.高槻に復帰。2004年から2007年までプレーし、2008年にINAC神戸レオネッサへ移籍。同年なでしこジャパンに選ばれ、5月31日のAFC女子アジアカップにおけるチャイニーズタイペイ戦で代表デビュー。北京オリンピック日本代表にも名を連ねる。2011年FIFAワールドカップでは日本の歴史的な優勝に大きく貢献。FIFAから決勝のMVPとしても選出され、大会の優秀選手21人にも選出された。2012年ロンドン五輪にて銀メダルを獲得。2015年シーズン終了後、引退を発表。引退後には慶應義塾大学に入学した。現在は2021年に誕生した「WEリーグ」の理事として、WEリーグ及び女子サッカーの普及と発展に尽力している。海堀あゆみさんの学生時代は・・・
サッカーを離れたことで、仲間の大切さと「個」の戦い方を学んだ

しかし、結果もついてくるようになると「周囲の期待に応えないと」という思いが強くなり、次第にサッカーの楽しみ方がわからなくなってしまいました。また当時はLリーグという世界中から多くの外国人選手が集まる世界最高峰のリーグが日本にはありましたが、シドニーオリンピックの出場権を逃したことやバブル崩壊などの影響を受け、実業団から地域クラブ化し、環境が変わった時期でもありました。こうした事情もあって「このままサッカーを続けていいのかな」と思うようになり、高校は一度サッカーから離れ、心機一転テニス部に入部しました。まったく異なる競技にチャレンジしたことで、さまざまな気付きや学びがありました。一つは仲間の大切さをより実感できたことです。サッカーはチームスポーツなので、点を取ったら喜び合い、失敗したら「ドンマイ」と声をかけてくれる仲間がいます。当たり前のようですが、テニスを経験し、その存在の大きさを痛感しました。もう一つは「個」での戦い方を学べたことです。試合中は監督やコーチがいなかったので、対戦相手を分析したり戦略を立てたりするのもすべて一人でやらなければなりません。でも逆に、一人でどう戦うかを考えるようになりました。視野が広がったことでできることが増えて楽しかったですし、何よりまったく違うことにチャレンジしてみるのも良いことだと気付くことができました。
サッカーに戻ることになったのは、元チームメイトから「サッカーをやった方がいい」と言われたことがきっかけでした。戻ることは考えていなかったのでその言葉を素直にすぐ聞き入れたわけではなかったのですが、あまりに熱烈に話をしてくれて……。傍からみたらおせっかいに見えるかもしれませんが(笑)、そこまで自分を信じてくれる人ってなかなかいないよなと。結果的に、高校3年生の夏頃に元々所属していたクラブに戻ることを決めました。サッカーから離れていた私をもう一度受け入れてくれたチームや指導者たちの懐の深さに救われました。誰よりも信じてくれた元チームメイトや受け入れてくれたクラブがなければ、サッカーに戻ることや世界一の舞台に立つことなんてなかったと思うので本当に感謝しています。当初は大学受験も考えていましたが、「サッカーがもっと上手くなりたい!」という思いが強かったので結局進学の道は選ばず、その後はサッカーに集中することを決心しました。
ゴールキーパーとして、数々の世界大会で活躍
女子サッカーを通じて、人々の心や生活を豊かにしたい

私の競技人生の中でもターニングポイントになったのが、スペランツァF.C.高槻にいた時に行われたリーグの入替戦です。入替戦が導入された初めての年で、試合は中立地での一発勝負でした。試合の日は水たまりができるくらい雨が降っていてフィールドのコンディションも悪く、私たちは試合に敗れて2部に降格しました。「どん底」の気分でした。その時の感情は今でも忘れません。何を言っても現実は変わらないし、結果は結果。現実を受け入れるしかなく、皆で振り返りをしたりしましたが、今できることを着実にやっていくしかないと切り替えていきました。キーパーコーチや仲間の存在にも助けられましたね。結局、どんな経験もそれを生かすか殺すかは自分次第。その経験があって良かったと思えるように次に進んでいこうと考えるようになりました。
「どん底」と真逆の意味で印象深いのは、2011年のワールドカップで優勝したことです。これ以上ない最高の仲間とサッカーをすることができた大会でした。今でも悩んだ時にはあの時のメンバーに相談していますし、変わらず大事な存在です。また10年以上経った今も「当時、見ていましたよ」と声を掛けてもらったり、子どもたちと一緒に当時の映像を見て盛り上がったりする機会もあって、本当にすごいことだなと思います。サッカーをやっていて良かったと思えた出来事でした。どん底と頂点を見られたことは私のサッカー人生で大きな経験でした。
引退後は、女子サッカーを普及し、文化にしていきたいと思い、取り組んでいます。その中で、サッカー以外のフィールドで新しいことを学ぶために慶應義塾大学の総合政策学部に進学したり、指導者やサッカーを通した地方創生の活動などに携わってきました。現在は2021年に創設された女子サッカーリーグ「WEリーグ」の理事を務めています。WEリーグの理念である「女子サッカー・スポーツを通じて、夢や生き方の多様性にあふれ、一人ひとりが輝く社会の実現に貢献する」の実現や選手が作成したクレド(行動規範)「みんなが主人公になるためにプレーする」の実現に向けて、女子サッカー選手が皆の憧れの存在になり、そして女子サッカーが少しでも皆の心や生活を豊かにする存在になれるようにという思いで取り組んでいます。またU15世代には環境がなくてやめてしまう女の子たちがいると聞いているので、サッカーが好きで続けたいと思っている女の子たちが、部活動やクラブチームがないなど環境のせいで競技をやめなくてすむよう、できることを考えていきたいと思っています。たくさんの人の協力が必要なことばかりですが、女子サッカーの未来が少しでも良い方向に進んでいけるよう、自分にできることをやっていきたいです。
海堀あゆみさんからのワンポイントアドバイス
試合で力を発揮するには「自分をよく知ること」が大切

1.サッカーノートを書く……自分の課題や考えをクリアにするためにも、サッカーノートを書くことはおすすめです。内容は、練習メニュー、その日できたこと・できなかったこと、監督から言われたこと、他の選手の良かったところなど、何でもかまいません。大切なのは、自分の言葉で書くこと。練習後や1日の終わりにその日のことを振り返りながら、自由に書いてみてください。続けていくうちにやるべきことや目標が見え、自分自身の成長の過程も感じられるはずです。また「このコンディションの時にはこういうトレーニングをしたらいいんだな」ということなども、次第にわかってくると思います。
2.怪我をしないための身体づくり……アスリートは怪我をしないことがとても大切です。そのための身体づくりとして、私は「ダラダラ走る」ことで基礎体力をつけていました。時間の目安は12分以上。心拍数を上げ過ぎると強度が上がり別のトレーニングになってしまうので、おしゃべりできるくらいの心地良いペースで走ることを習慣にしてみてください。
3.自分のリセット方法を見つける……私は現役時代、気持ちを落ち着けるためによく瞑想をしていました。なんとなく乱れているな、ダメだなと感じる時に気持ちをリセットできる自分なりの方法を知っておくと良いと思います。瞑想ではなく、とにかく何も考えず練習に打ち込むことや掃除や料理などでも良いかもしれません。練習も気分が乗らない時はやらないという選択肢を持ったり、オフはしっかり休んでリセットすることも大切にしてください。
私は日々の練習を一番大事にしていました。というのも、練習の積み重ねが自信につながります。最大限やることをやって準備したら、試合に敗れたり失点したりした時も、相手の方が上手かったから今の私には仕方ないと少しでも認められるかなと思っています。自分の弱さや相手の強さを認めることは難しくて辛いこともありますが、プレーヤーとして成長していく上でとても大切なことだと思います。
私は2011年のワールドカップ決勝でPK戦に臨みました。プレッシャーがかかる場面でしたが、最高の仲間とともにやれるだけのことはやってきたという自信があったからこそ、「たくさんの選手の思いを背負って、キーパーとして自分だけがこの舞台に立っているから全てを出し切る」という思いで、本当に全てを出し切りました。そして私がキーパーを通して学んだのは、仲間の協力なしにゴールを守ることはできないということです。コミュニケーションの大切さや仲間の存在を最も感じられるところが、キーパーの魅力だと思います。だからキーパーを目指す子たちには、仲間を大切にして、自分が納得できるまでトレーニングを頑張ってほしい、そして仲間と話しながら絆を深めてほしいと思います。
※掲載内容は2025年3月の取材時のものです。
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