PROFILE
1981年11月12日生まれ。埼玉県さいたま市浦和区出身。4歳から水泳を始め、小学3年生の時にシンクロナイズドスイミング(現・アーティスティックスイミング)と出合う。中学3年時にはジュニアオリンピックに出場。そこで、日本水泳連盟シンクロ(現・アーティスティックスイミング)強化部長だった金子正子さんに才能を見出され、金子さんがコーチを務めるクラブにスカウトされた。移籍後は、高校2年時の国際大会USオープンへの出場を皮切りに、各国際大会で数々の好成績を残す。高校卒業後は日本大学に進学。長い脚を生かしたスピンなどを武器に、2004年アテネオリンピックではチーム2位に貢献した。大学卒業後はクラブと並行してミキハウスにも所属。2008年北京オリンピックではデュエット3位に輝いた。北京オリンピック終了後に現役を引退。引退後は、アーティスティックスイミングの普及を目的に、競技を体験できる機会を増やす活動などを行っている。鈴木絵美子さんの学生時代は・・・
結果の出ない学生時代、代表レベルのクラブに異例のスカウト

正式にクラブに加入すると、週4回の練習が始まりました。シンクロナイズドスイミング(現・アーティスティックスイミング)には、8人で演技するチーム種目と、ソロやデュエットで演技する個人種目があります。通常、個人種目に出場できるのは、チーム8人の中でも特に上手な選手のみ。毎日、楽しく練習に励んでいたものの実力は上がらず、個人種目の選手にはなかなか選ばれませんでした。中学3年生の時には、自分の才能に限界を感じ、コーチや親にやめたいと伝えたこともあります。
そんな弱気な気持ちを抱えながら出場したジュニアの全国大会が、私にとっての転機になりました。大会の結果としては、メダルどころか入賞もできませんでした。しかし、帰りに声を掛けてくれた方がいたんです。それが金子正子先生。金子先生は、日本代表選手などを指導しており、「あなたはいつかオリンピック選手になるから、私のところで練習しない?」と言ってくれたんです。私だけではなく、仲間やコーチもびっくりしていましたね。「選手を間違えていませんか?」と(笑)。でも、憧れの選手を指導する憧れの先生から声を掛けられて、とても嬉しかったです。そして後日、金子先生のいるクラブに移籍して競技を続けようと決心しました。
移籍したクラブで私は、いきなり代表選手に交じって練習することになりました。後から聞いたことですが、金子先生は私にキラリと光るものを感じてくれたそうです。そして、声を掛けた以上、私をオリンピックに連れて行くことが自分の責任だと考えてくれていました。私が大きく成長できるように、レベルの高いチームに入れて鍛えてくれたんです。当然、周りは自分よりも実力のある選手ばかり。論理的に教えられるよりも、見て学ぶ方が好きだった私は、周り全員を教科書として研究していました。その甲斐あって、1998年、高校2年生の時に出場した国際大会USオープンでは、チーム2位、デュエット2位、ソロ3位の成績を収めることができました。以降は国内外の大会で入賞できる機会も増えていきましたね。
北京五輪の舞台で、金子先生への恩返しをする
先輩にとらせてもらったアテネ五輪のメダル。北京では自分の力で

代替わりから1年が経った2002年、日本選手権が行われました。いくら団結力が増しても、やはり周りからは優勝なんて無理だと思われていました。それを逆手に取り、コーチたちに「優勝したらみんなにもんじゃをご馳走してください」と提案(笑)。コーチたちは半ば冗談だと思っていたようですが、私たちは絶対に実現させようと本気になって、本番の演技直前も「勝ったらもんじゃだよ!」とお互いに鼓舞していたことを覚えています。本番中は、全員の動きがピタッと揃っていることを感じながら演技をしていました。今振り返れば、競技人生の中で最も一体感を感じた瞬間だったかもしれません。そして、結果は宣言通り優勝。演技中の不思議な感覚も、優勝後のもんじゃの味も、一生忘れないものになりましたね。
2004年には、アテネオリンピックに出場しました。憧れの舞台ではありましたが、代表チームでは先輩についていくので精一杯。一喜一憂する暇もなく、本当に出ているのかわからないくらい、あっという間に終わってしまいました。チームで銀メダルを獲得できましたが、先輩にとらせてもらったメダルという感じがして、少し悔しく思いました。
そのため2008年の北京オリンピックでは、自分の力でメダルをとりたいという思いで臨みました。何より、北京オリンピックでの日本のコーチには、私を見つけて育ててくれた金子先生がいました。本当にオリンピック選手にまでしてくれた金子先生にメダルをかけてあげたい。その一心で、どんなに苦しい練習でも諦めることなく取り組めました。結果、デュエットで銅メダルを獲得。4年越しの自分自身へのリベンジも果たせましたし、金子先生の期待に応えられたことがとても嬉しかったです。
鈴木絵美子さんからのワンポイントアドバイス
苦手だった柔軟と、得意だったキレのある動きを両方鍛える

(1)ストレッチ……私は昔から極端に体が硬いです。それこそ、前屈では地面に手が付かないくらい。柔軟性が求められるアーティスティックスイミング選手として、体の硬さは大きな弱みでした。そのため、少しでも体を柔らかくしようとストレッチを欠かさずしていました。みなさんもストレッチポールなどを使いながら、日常的に筋肉をほぐすようにしましょう。
(2)体幹強化……アーティスティックスイミングでは柔軟性と同じくらい、キレのある動きも重要です。私はキレのある動きは得意で、特にスピンなどの脚技のキレが強みでした。技のキレをよくするには、強い体幹が必要。腕立て伏せの姿勢をキープしたまま、軸をぶらさず、手を上げたり足を上げたりしましょう。私は3分間くらいキープしていましたが、自分の筋力に合わせて調整してください。「もう無理」と思ってからが本番だということを意識するとよいと思います。
(3)デュエットの相手と一緒にリフレッシュ……北京オリンピックでデュエットを組み、メダルをとった原田早穂さんは、誰よりも一緒の時間を過ごした相手です。オフの日にはお出かけをして気晴らししながら、自分の強みや弱みなどを素直に共有して高め合いました。チームワークや一体感が大切な競技だからこそ、デュエットの相手とオフの日もともにできることは強みになると思います。
トレーニングはどちらも基礎的で地味に思うかもしれません。しかし、弱点を克服するにも強みを伸ばすにも、まずは基本の土台から鍛える必要があります。細かいやり方や秒数など、自分に合ったトレーニングを見つけていきましょう。
※掲載内容は2025年12月の取材時のものです。
2/2ページ



































